今回のブログでは、ウェグナーと並ぶデンマークを代表する家具デザイナー、ボーエ・モーエンセンについてご紹介いたします。




 

 

ボーエ・モーエンセンは1914年、デンマーク西部の都市オールボー生まれのデザイナーです。

オルボーは 国防博物館や動物園、大聖堂等、歴史的建造物が多いことで知られる、建築で有名な街です。

 

 

デンマーク王立アカデミー建築家コースでコーア・クリントの助手としてデザインを学び、その後 20歳の時に家具マイスターの資格を取得したモーエンセン。





1942年からはFDBモブラー(デンマーク生活協同組合家具部門)の企画デザイン担当責任者として活動したことでも有名ですね。

 

品質が良く、手頃な価格の一般消費者向けの家具をデザインすることを常に念頭に置いていた彼の作品は常に大衆目線のデザインで、デンマークの近代家具の中でもひときわ機能的で丈夫な家具が多く、家具デザインの構造の簡素化と細部に人の手を必要とする職人技術を追求し続けたことで知られています。




ちなみに。モーエンセンがデザイン担当の責任者を務めたFDB Møbler ( FDBモブラー)は、北欧デンマークで国民の消費者生活レベル向上を目指し、1942年に誕生した家具ブランドです。

 

 

 

 

 

 

 

 

「FDB」とは、1866年にクリスチャン・ソンネによって立ち上げられたデンマーク生活協同組合連合会の略称で、1942年に家具部門「FDBモブラー」が設立されスタートしました。



当時としては画期的で厳格な開発条件をもとに、「丈夫で、美しく、座り心地が良い、そして手軽な価格」を実現することを理念としていたFDBモブラーの思想はまさにモーエンセンのデザインと合致するものでした。モーエンセンが師事していたコーア・クリントは、自身が監修に関わるこのFDB Moblerの代表責任者として任命されていたことから、愛弟子である ボーエ・モーエンセンを任命したのです。

 

 

卓越した美しいデザインと職人たちの巧みな技術力などが融合して生み出されたFDBモブラーの家具たちは、当時のデンマーク国民の暮らしをより豊かなものへと変えていきました。


ちなみに、FDBモブラーは1980年代に一部生産を中止していましたが、絶大な支持を受けて2013年にデンマークで復活し、現在は再スタートをしています。





モーエンセンは、「自分のデザインした家具で、デンマーク人の暮らしをより良いものにしたい。」と常々口にしていたそうで、強い使命感を持って彼がデザインした庶民のための椅子「J39」は、1947年の発売以降80万脚以上売れている大ヒット商品となっており、世界で最も数の多いデンマーク生まれのチェアと言われています。



 

 

J39をはじめとするモーエンセンの多くのデザインはシェーカー家具が基となっており、シンプルで使いやすく丈夫なデザインとなっています。




戦後間もない当時、地方から都市への移住が増え、たくさんの人が小さくて窮屈なアパートに住んでいたことから、大きくて重たい家具は小さいアパートには置く場所がなく、当時の庶民の生活スタイルには合っていませんでした。

 

 

モーエンセンはそれらの家具を、皮肉を込めて「太った肉屋の家具」と表現しており庶民の生活に沿っていない、無駄の多いデザインと捉えていました。



家具は日常生活に相応しく空間を有効活用できるものであり、「役に立たなければ捨ててしまうべき」、「実用的でなければ実用的なもので代替するべき」」と考えていたモーエンセンは、庶民の生活を豊かにすることに着目していないインテリアデザインに真っ向から反発していたのです。

 

 

彼にとって家具はデザイン性を追求するアート的なものではなく、あくまで「日常の問題を解決する」ものであったことから、「シンプルかつ実用的」な家具が彼のデザインの特徴になり、それらがデンマーク人の暮らしに広く浸透することで、デンマーク家具自体の特徴にもなったのです。






ちなみに、実はモーエンセンとハンス・J・ウェグナーは同い年であり、大の仲良しです。

 

左:ハンス・J・ウェグナー/中:ボーエ・モーエンセン

 

 

若い頃は同じアパートに住んでいた同居人でもあり、時には一緒に商品を作ったり、デザインを競い合ったりと、公私ともに非常に親交が深かったそうです。

旅行にもよく行っていたそうですが、なんと旅行先でも、海にも行かず二人でインテリアデザインについて観察をしたり話し合っていたのだとか。



いかに二人がデザインという仕事に情熱と誇りを持っていたのかを伺うことができますね。




次回はそんなモーエンセンが実際にデザインをした家具をご紹介いたします。

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